大判例

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東京高等裁判所 昭和47年(ネ)2978号 判決

控訴人

平井良明

被控訴人

及川喜久

右訴訟代理人

高沢正治

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し、原判決添付第二目録記載の各建物を収去して同第一目録記載の各土地を明け渡せ。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決および右建物収去土地明渡につき仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は、主文第一項と同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出援用認否は、次に付加するほかは、原判決の事実欄に記載のとおりであるから、これを引用する。

控訴人は、

一、本件(一)の建物は、その敷地地番が主たる建物の敷地地番と異なり、その実際の位置も主たる建物とはかけ離れ、市道をへだててこれと対立しており、また、構造・機能からみても、本件(一)の建物は、完全に独立した一個の建物であり、これを主たる建物の登記簿上の付属建物欄6の建物にあたると認めることはできない。控訴人は、本件各土地を買い受けるにあたつては、現地を検分し、かつ、建物登記簿、固定資産税課税台帳、同補充台帳等につき調査したが、本件(一)の建物が登記もしくは登録されていることを発見できず、従つて、本件各土地上には登記された建物は存在せず、第三者から借地権をもつて対抗されることはないものと信じ、本件各土地を相当の価格で買い取つたものである。所轄法務局も本件(一)の建物を未登記の建物として取り扱つていた(甲第三号証参照)。

二、本件(一)の建物は、もともと未登記の建物であつたのであり、乙第四、第五号証によれば、建物所在地番についての更正登記がなされているが、その実質は新たな表示登記ないし所有権保存登記にほかならないから、右登記のなされる前に本件各土地を取得した控訴人に対し、被控訴人は土地賃借権をもつて対抗することはできない。

と陳述し、

被控訴代理人は、

一、昭和六年当初の所有者であつた広瀬孝は、市川市押切二番一の土地につき、同番二、同番四ないし一七を分筆の手続をとつたため、被控訴人の賃借していた土地が二番一六、二番一七となつたが、現実には本件(一)の建物は二番一六上に存在するため、右建物の所在地番の更正登記においては二番一六を付加しただけであるが、被控訴人の賃借している土地の範囲は二番一七をも含むことは明白である。

二、原審で主張したとおり、千葉地方法務局市川出張所昭和二九年二月一二日受付第八二五号所有権保存登記中の付属建物欄6の建物は二番一六地上の本件(一)の建物に該当するものであるが、所在地番の表示に明瞭な誤記があつたので、被控訴人は更正登記の申請をし、所轄法務局はこの申請を受理して昭和四八年三月一二日右付属建物欄6の建物の所在地番として二番一六と登記簿に記載するに至つた。このように、被控訴人が借地上の建物につき登記を経由している以上、被控訴人は建物保護に関する法律(以下建物保護法と略称する。)により本件各土地の借地権をもつて、その後広瀬孝より右土地の所有権を譲り受けた控訴人に抗対することができる。

と陳述した。

〈証拠略〉

理由

一当裁判所は、当審において提出された新たな証拠をも加味して総合的に考察しても、控訴人の本訴請求は理由がないと判断するが、その理由の詳細は、次に付加訂正するほかは、原判決の理由欄に記載のとおりであるから、これを引用する。

二原判決の理由欄三の(三)(原判決原本九枚目裏三行目から十枚目表三行目まで)を削る。

三原判決六枚目裏五行目の末尾に「昭和四五年一月三〇日」を加え、同七枚目裏八行目の「昭和二八年」を「昭和二九年」と改め、八枚目表四行目の「被告本人尋問の結果」の次に「いずれも成立に争いない乙第四、第五号証」を加える。

四被控訴人は所轄法務局に対し本件の本屋および付属建物の表示の登記に錯誤があるとして更正登記手続の申請をし、所轄法務局はこの申請を受理し、昭和四八年三月一二日錯誤を理由に本件の主たる建物および付属建物の所在地番として市川市押切七番地・二番地一六、付属建物欄6の建物の床面積を従来の51.23平方メートルから42.53平方メートル等と是正したことは、前記乙第四、第五号証により認めることができる。

ところで、いわゆる不動産の表示の更正の登記は、表題部に登記されている不動産の表示について錯誤によつてその登記事項が誤つて登記されているか、遺漏があつてその登記事項の一部が脱落している場合に、これを是正して現況と一致させる目的でなされる登記であり、更正登記がなされると、それは更正前の登記と一体となつて当初から更正登記後の表示による不動産の登記がされていたことを示す効力を有する。しかしながら、更正前の登記と更正後の登記に同一性がない限り、たとえ更正登記がなされても、それにより登記が更正されたということはできないのである。詳言すれば、更正登記のなされるべき実質的要件がなく、正当には新たな表示の登記ないし変更登記の申請によつて登記がなされなければならないのに、誤つて更正登記がされた場合には、それは更正登記としての効力を生じないというべきである(つまり、同一不動産について二重登記の登記名義人等他の利害関係を有する第三者がいない場合は、その更正登記をもつて新たな表示の登記ないし不動産の表示の変更の登記と解する余地はありうる。)。従つて、本件の更正登記が更正登記の実質的要件を具備しているかについて検討しなければならない。

前記のとおり(本判決の引用する原判決の認定するところ)、本件各土地は相当古くから本屋の所在する押切七番の土地とともに被控訴人家の敷地とされ、それらが一体として利用されてきたものであり、押切七番の土地上には本屋を除くと、付属建物とみるべきものは五棟(これらの付属建物のうち付属建物欄1、2の建物は右更正登記の際合棟されて一棟の建物とされた、このことは右乙第四、第五号証により認められる。)しか存在せず、しかも、これらの建物はいずれも居宅でないので、建物の種類・構造の点からみて、本件(一)の建物は千葉法務局市川出張所昭和二九年二月一二日受付第八二五号所有権保存登記中の付属建物欄6の建物にあたると認めるのが相当である。確かに、更正登記前においては、登記簿上主たる建物および付属建物の所在地番として二番地一六の記載はなく(更正登記後においても二番地一七の記載はないが、この点は後述する。)、しかも、付属建物欄6の建物の床面積は51.23平方メートル(15.50坪)と表示されているが、賃借権の設定された土地の上の建物についてなされた登記が、錯誤または遺漏により、建物所在地番の表示において実際と相違していても、建物の種類・構造・床面積等の記載とあいまち、その登記の表示全体において当該建物の同一性を認識できる程度の軽微な相違であるような場合には、建物保護法一条にいう「登記シタル建物ヲ有スル」場合にあたるというのが判例であり(最高裁判所昭和四〇年三月一七日大法廷判決、民集一九巻二号四五三頁)、不動産の表示と実体との不一致の場合、構造・床面積等についても実際と多少の相違があつても、同一性の認められる限り、その登記を有効と解するのが相当である。そして、付属建物欄6の建物についての右のような所在地番、床面積等の誤記が錯誤によつてなされたものであることは、前記乙第四、第五号証および弁論の全趣旨によつて推認することができる。そうすれば、本件の付属建物欄6の建物の登記は本件(一)の建物の登記として有効であり、それを実際と一致させるためになされた本件更正登記は、本来の更正登記としての効力を有するといわなければならない。

本件(一)の建物が、本屋(主たる建物)と市道をへだてて存在し、本屋とは別個に塀をめぐらし、門構えになつているとしても、これにつき前記のような事情(本判決の引用する原判決の認定するところ)があることに鑑みれば、このことをもつて右認定判断を覆す事情とはなしえない。

そして、本件(一)の建物(その付属建物である本件(二)の建物をも含めて)の敷地が本件二番一六および二番一七の二筆の土地であることは、控訴人の認めるところである。

控訴人が本件各土地の所有権を取得して所有権取得登記を経由したのは昭和四五年一月三〇日であり、被控訴人がその氏名をもつて本件(一)の建物を含む主たる建物およびその付属建物につき所有権取得の登記を経由したのは昭和二九年二月一二日であることは、前記のとおりである。

そうすれば、被控訴人は控訴人に対し建物保護法一条により本件各土地(本件各土地は広瀬孝の先代の所有の当時において同人から被控訴人の父及川久左衛門に建物所有のため賃貸され、その賃貸後に、本件のように、土地所有者である賃貸人によつて二番一六および二番一七に分筆されたものであることが、原審の証人広瀬孝の証言、被控訴本件尋問の結果および弁論の全趣旨により認められる。このような場合には、本件(一)の建物の敷地として現に登記簿上二番一六の記載があるにすぎない場合でも、もともとこれと一筆であつた二番一七についても、その敷地の地番として記載があると同様に取り扱うのが相当である。そして、また、本件(一)の建物の敷地が二番一六のほか二番一七の土地でもあること前記のとおりであるから、本件(一)の建物の敷地につき更正登記が許されるものというべく、このような場合には、その更正登記のされる以前でも、被控訴人は本件(一)の建物の敷地として二番一六のほか二番一七の土地の賃借権をもつて第三者に対抗することができるといわなければならない。)の賃借権をもつて対抗することができるものといわなければならならない。

五そうすれば、控訴人の本訴請求を棄却した原判決は相当で、控訴人の控訴は結局理由がないから、これを棄却すべきである。よつて、訴訟費用の負担につき民訴法九五条八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(満田文彦 真船孝允 鈴木重信)

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